■VOL.5
偏光顕微鏡で結晶を撮る
秋山 実さん
特集、第5回目は「偏光顕微鏡」、ご紹介いただくのは秋山 実さんです。
CONTENTS
■ ギャラリー GALLERY
ビタミンC
植物の葉や果物に多く含まれるが、人の体内では作られない。
現在は合成で大量に作られる。
スライドグラス上で水に溶かし、アルコールランプで水分を飛ばして再結晶させたもの。
偏光顕微鏡 対物:Plan Apo 10× 接眼:CF Photo 8× 十字ニコル
酒石酸
ブドウなどの果実に含まれ、清涼飲料に入れるほか、染色、皮なめしにも用いる。
加熱溶融、カバーグラス、非常にゆっくりと再結晶が進み、
1日経過後に撮影。撮影後も再結晶は進んだ。
偏光顕微鏡 対物:Plan Apo 10× 接眼:CF Photo 8× 十字ニコル
ガリウム
30℃弱で水銀のように溶ける。高温用温度計、発光ダイオードなどに使う。
ヘアドライヤーで表面を溶かし、水中で急冷。
反射型微分干渉顕微鏡 対物:M Plan DIC 5× 接眼:CF Photo 8×
ダイヤモンド
標準的な原石は、二つの四角錐の底辺を貼り付けたような形をしている。
表面をアルミで真空蒸着して反射を高めた。
反射型微分干渉顕微鏡 対物:M Plan DIC 5× 接眼:CF Photo 8×
スメクチック液晶
現在はネマチック液晶が主流であるが、新しい表示材料として研究が進められている。
カバーグラスをのせ、ホットステージで193.6℃に加熱。
偏光顕微鏡 対物:M Plan DIC 10× 接眼:CF Photo 8× 十字ニコル
コハク酸
牡蠣など貝類の美味しさはコハク酸が含まれているため。食品に添加するほか、有機顔料の原料としても使われる。
加熱溶融、カバーグラス、ポラライザーを45度回転、バビネ型コンペンセータ使用。
偏光顕微鏡 対物:Plan Apo 10× 接眼:CF Photo 8×
硫黄華
硫黄を精製したもの。農業などでアルカリ性の高い土壌に散布してpHを調整。
医薬用として、皮膚病の治療などにも使われる。
加熱溶融、カバーグラス。
偏光顕微鏡、対物:Plan Apo 10× 投影:PLI 2.5× 十字ニコル
■ インタビュー INTERVIEW
①秋山さんの顕微鏡
桜の咲く4月上旬に、秋山さんをお尋ねいたしました。母屋とは別棟になった、秋山さんのラボ・スタジオは1964年築、設計は清家清氏だそうです。中二階や半地下になったスペースがあります。
◆小檜山(以下 小):賞 (日本写真芸術学会賞
平成25年度・芸術賞) をいただきましたよね?
秋山:2013年(6月15日)ですね。
秋山:顕微鏡の写真集(*)を出したのがきっかけでいただきました。
*「マイクロスコープ-浜野コレクションに見る顕微鏡の歩み」
◆小:顕微鏡写真を撮るきっかけは何だったんですか?
秋山:以前、私がアシスタントをしていた先生が、顕微鏡に対物レンズだけつけてマクロ撮影していたんです。なんでマクロかというと、対物レンズの実像を接眼レンズで拡大すると、シャープさが失われるっていうんです。それで、レンズは増やさない方がよい、というお考えでした。それと、ライフから昔、「写真講座」っていう本が出てたんです。そのシリーズの中に「特殊撮影」の巻があって、顕微鏡の結晶写真がありまして、それが記憶に残ってたんですね。で、私は工場を撮っていたものですから、じゃ、金属を撮ってみたいなと思ったんです。先生と同じ事はしたくなかったので、マクロじゃなくて顕微鏡写真にしたんです。偏光フィルターを入れたら、金属が干渉色で見られると勝手に思い込んでいたんです。ところが思うように出ないんですよ。たまたま、家にあった園芸肥料を見たら、面白くなって、そこから入っていっちゃったんですね。1973年3月のことです。
ライフ写真講座 「特殊撮影」
編集:タイム ライフ ブックス編集部
日本語版監修:金丸重嶺
タイム ライフ ブックス
1971年
秋山さんがお使いになっている顕微鏡は、ニコンの偏光顕微鏡と反射型微分干渉顕微鏡です。その2つをご解説いただきました。
②偏光顕微鏡
光の振動方向に偏りのある現象を偏光といいます。偏光顕微鏡は結晶の性質を観察・検査するのに適していることから、主に岩石・鉱物の研究・検査に使われてきました。結晶の偏光特性に応じて赤・青・黄色などの色がつくため、鮮やかな像が観察できます。高分子材料や食品、衣料にも用途が広がっています。
(国立科学博物館「国産顕微鏡100年展」パンフレットより抜粋)
分かりやすく言えば、生物顕微鏡の標本(プレパラート)の上下に偏光板(偏光フィルター)が1枚づつセットされたのが偏光顕微鏡で、上の偏光板はアナライザー、下の偏光板はポラライザーと呼ばれています。
秋山:偏光顕微鏡本体は40年以上前のものでが、対物レンズPlan Apoなど、その後買い替えています。
◆伊知地(以下 伊):双眼になってるんですね。
秋山:ええ、でも、初期の頃は単眼鏡筒で見ていたんですよ。
◆小檜山:照明は下からが主体になるんでしょうか?
秋山:そうです。フィルム時代は大型カメラのジナーでしたが、今はニコンのD600です。
③アクセサリー
偏光顕微鏡では2枚の偏光板のほか、波長を変えるバビネ型コンペンセータなどで、色のバリエーションを得ることができます。2つの偏光板、アナライザーとポラライザーに重要な役割があります。
鋭敏色板・1/4波長板・バビネ型コンペンセータなど
③-1 バビネ型コンペンセータ
秋山:ここに水晶板が入っていて、厚みが変わっています。こちらが厚くてこちらが薄い。偏光フィルターの素子が直交だけでも干渉色が見られますが、この板を引いたり押したりすると波の位相が変わるわけ。そうすると色が変化していきます。厚さを変えているという事です。普通鋭敏色板は一種類しかないですよね。それをこの部品は段階的にいろいろな鋭敏色板に変えているという事です。バビネ型コンペンセータと言います。
◆伊:楔(くさび)状になっているということですね。
秋山:そうです。楔状になっています。これを入れる事で、光路の中で、厚みが変わってきますから、屈折率と厚みで決まる位相差の量が変わるという事です。現在ニコンからこの製品は販売されていませんが、これに代わるコンペンセータはあると思います。
秋山さんのHP
Minoru Akiyama Photo
Gallery
③-2 プリズムで電圧指示計(メータ)を見る
◆このプリズムは何の為についているのですか?
秋山:ステージが邪魔して電圧指示計が見にくいんです。設計が親切ではないんですよ。なので工夫してプリズムを2枚貼り合わせ、光をクランクに曲げて見やすくしてあるんです。
◆小:その電圧計を見て何を操作するのですか?
◆伊:照明ですね。
秋山:結局、見ているときは目の保護の為に暗くする必要があります。ですが撮影時には色温度を上げて3000K近くもっていきます。その状態を目で直視したら目を傷めちゃいますから。
秋山:それから、コンデンサー開口絞りを70~80%にもっていきます。私はもうちょっと絞ってるんですけれどね。
◆小:絞りって効きます?
秋山:効きますね。ただ、今のデジカメになった場合、必要かどうか・・。画像処理の方でどんどんコントラストつけられるのでね。ここで絞る意味があるのかどうか、ちょっとわからないです。そして、絞りすぎると、結晶と結晶との境目の線が強調されて、縁取りされてしまうので、見苦しくなります。
1)偏光板(アナライザー)
2)鋭敏色板
3)バビネ型コンペンセータ
4)対物レンズ
5)複式十字動装置
6)回転ステージ
7)コンデンサー絞り(針と目盛りは自作)
8)ハネノケコンデンサー
9)偏光板(ポラライザー)
その他)光軸の芯出しつまみが各所にある。
秋山:まだ、変えられます。偏光板の角度を変えていきます。普通は十字(クロス)ニコルで撮りますけどね。
◆石:十字の時が一番鮮やかですね!
ステージを回したり(標本を回転させる)、バビネ型コンペンセータの厚さを変化させる、そして偏光フィルターの角度を変えていくこと。この3点で、まるで色彩構成のような、無限に色のバリエーションを見ることができます。
参考
■オリンパス微分干渉観察編 微分干渉観察と位相差観察
■オリンパス顕微鏡を基礎から学ぶ・第一回偏光の性質
■ニコン顕微鏡の基礎知識
■ライカ 偏光顕微鏡
■zeiss偏光顕微鏡 Axio Imager
■(有)浜野顕微鏡 東京都文京区本郷5-25-18
④ 振動防止のための工夫
④-1 引き伸ばし用のタイマー
秋山:振動防止のために使っています。引き伸ばし機用のタイマーです。
カメラはバルブにしちゃうんですよ。例えば3.6秒露光して、終わったら、シャッターを閉じるという。
1:シャッターをバルブモードにします。
2:レリーズでシャッターを押す。
3:引き伸ばし機のタイマースイッチを入れる。
4:照明が設定秒点灯する(タイマーで自動で消灯する。)
5:シャッターを閉じる。
秋山:タイマーは0.1秒単位で設定できます。
④-2 NDフィルター
秋山:あと、NDフィルターを入れて撮ります。バルブで撮るためには、明るすぎるので。
先ほども言いましたが、振動やシャッターブレをなくすために、どうしても遅いシャッターで撮る必要があるんです。NDフィルターは10倍と8倍の2枚重ねで使う事が多いですね。メーカーの方でミラーを上げて、ちょっとしてからシャッターを切る設定もありますけれど。
◆小:僕はニコンのそれを使っていますね。3秒最大で使っていますけれども。
D810なんかは、その振動を抑えるために、静かなシャッターになったんです。3000万画素や5000万画素になると、何が怖いって、手振れというより、カメラ自身のブレ、シャッターブレなんかが一番怖いわけです。
◆伊:カメラをバルブにして、タイマーを使うのはまさに理想ですね!
④-3 固定器具を増やす
秋山:あとは、このシノゴ(4×5)時代のポールね。これにも固定しちゃうという。ジナーのクランプシャフトっていったかな。
◆石:これは強力ですね。テーブル自体に組み込んでらっしゃるのですか?
秋山:そうですね。テーブルに穴をあけて、一体化させています。複写台を利用してもいいですね。
⑤偏光顕微鏡で撮影する
1)水準器
2)ニコンD600
3)ニコンFマウントアダプター
4)ジナークランプシャフト
5)三眼鏡筒
6)標準照明装置
7)引き伸ばしタイマー
手順
1.プレパラートをセットする。
2.ピントを合わせる。
3.双眼で見ながら、複式十字動装置で撮りたい位置に移動。
4.双眼から直筒に光路を切り替える。
5.上から見る。ライブビューを使う。ルーペを使い、再度ピントを合わせる。戸外で撮る時に使用するもの。
6.コンデンサーを絞る
7.NDフィルターを取り付ける
8.指定の電圧に上げる
9.タイマーの電源を入れ、露光時間を設定する。
10.シャッターを押す。
11.タイマーのスイッチを押す
12.ライトが点灯する
13.シャッターを閉じる。
⑥芸術と
◆小:秋山さんの場合はどういう基準でどれが一番いいって決めてるんですか?どういう基準で写真を撮ってらっしゃるのですか?
秋山:自分の好み、良いと思ったものを撮る。それだけですね。ミクロの世界はとても美しいのですが、そこに自分の意思も加え、どこを切り取るかを考えながら撮っています。コマーシャル、テキスタイル、そのほか色々なところで使われてきました。
◆小:綺麗とか綺麗じゃないというよりは、「品がある写真」っていうのがあって、秋山さんの写真には品があるなっていつも思うんだよね。秋山さんを知っているからかもしれないけど。要するに、好みじゃないですか。だから、人が出るんだよな。そこが写真の面白さだよね。
◆伊:建築写真を撮ってらっしゃったんですよね。形の気持ちよさとか。何か通じるところがあるかもしれませんね。
◆伊:もともとは青学でらっしゃって、そこから桑沢デザインに行かれたんですよね。行こうと思われたのは、どういうきっかっけだったんですか?
秋山:
サラリーマンに全然合わないんですよ。それで、人づきあいが面倒くさいんですね。それまで好きだったことといったら、写真と山登りがあったわけですけれど、山登りじゃめしは食っていけないから、それじゃ「写真」と。で、「報道写真」じゃ多分食べられないから、「広告写真」を選ぶと。その為には、っていうんで基礎としてデザインを勉強しようという事なったわけです。デザイナーの友人に1年間デザインの基礎をみっちり教わって、桑沢の夜間部に入ったのがスタートですね。
◆伊:じゃ、デッサンとかもやるんですか。
秋山:ええ。でも佐藤忠良さんという有名な彫刻家の授業で自画像描かされたんですが「君は上手くなる!これ以上、下手に描けないから。」って言われて。
◆小:いや~、いいこと言うなあ。
秋山:もう、絶対に忘れないですね。
秋山:今の顕微鏡写真は、桑沢で教わった、造形の勉強と、それからその後行った、北代先生というすごく造形力のある方の影響ですね。桑沢の在学中にはもう、「物を撮る」って決めてましたから。
◆貴重なお話をいただきまして、ありがとうございました。
■ 人物紹介 PROFILE
秋山 実(あきやま みのる)さん
プロフィール
1930年生まれ。青山学院大学文学部英米文学科卒業。桑沢デザイン研究所リビングデザイン研究科(写真)卒業。大辻清司、北代省三両氏に師事。
1965年に新分野の工業写真家として独立。そのご建築写真も始める。
1973 年から大型カメラで顕微鏡写真を始め、結晶などの抽象写真を広告関係に 使うという新しい分野を開拓。千葉工業大学、東京工芸大学(短期)、桑沢デザイン研究所、東京YMCAデザイン研究所などの非常勤講師を務め た。
全国カレンダー展、全国カタログポスター展などで受賞。個展5回の 他、協会展、グループ展、世界デザイン博など多数出品。公益社団法人日本広告写真家協会 会員、日本自然科学写真協会 会員 、 日本建築写真家協会 会員 、日本写真芸術学会 会員
日本写真芸術学会 平成25年度 芸術賞 受賞・・・・ 2013年6月15日
■本
ミクロのデザイン 形と色彩の創造
学習研究社
1986年2月
河出書房新社
1992年2月
河出書房新社
2003年3月
オーム社
2012年11月
インタビュー:2015年4月7日
監修: 武田 晋一
インタビュアー・文: 石黒 久美
物撮り・人物撮影: 伊知地 国夫・秋山 実
ホームページ制作: 石黒 久美
オブザーバー: 小檜山 賢二
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